マラソン

マラソン中野円花(ノーリツ)の経歴wikiや出身中学高校は?最高記録やMGC辞退の理由は?

2019年1月の大阪国際女子マラソン。

来年の東京オリンピックの代表をかけたレース”MGC”に出場するためにはこのレースで上位に入らなければいけません。しかし3月の名古屋ウィメンズマラソンが最後となるためこのレースはそれほど悲壮感を感じませんでした。

それでも上位は激戦となりました。

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中野円花さんの経歴は?

2016年のリオデジャネイロ五輪代表で約2年半ぶりのマラソンとなった福士加代子(ふくし かよこ)選手に注目が集まりましたが、転倒もあり35キロ過ぎで棄権するというアクシデントがありました。

このレースの前半は第2集団でレースを進め後半からペースをつかみ多くの有力選手抜いていき、一気に自己ベストを4分02秒更新する2時間27分39秒の4位でゴールした中野円花選手がこのレースではただ1人”MGC”出場の権利を得ることができました。

この結果、あまり有名な選手ではなかった中野選手は一躍脚光を浴びることになります。

 


中野円花(なかの まどか)選手は1991年8月14日生まれで、大阪府出身です。

幼い頃から陸上を始め小・中学時代から全国大会出場経験をしています。

地元の島本一中からスポーツ特技コースがあり陸上の強豪校である大阪薫英女学院高に進学。

高校3年生の時には大阪インターハイ大会で1500mと3000mで優勝しています。

 

2010年に中野選手は実業団のノーリツに入社しました。

ノーリツ女子陸上競技部は、ノーリツ本社所在地である神戸にあります。

実業団としては強豪とはいえませんが世界陸上にマラソン代表として出場した小﨑まり(おざき まり)選手が有名です。

 

中野選手の得意種目は1500m、5000mで当初はこちらの活躍が目立ちました。

マラソンに初挑戦したのは2014年で、地元大阪で開催された第21回泉州国際市民マラソンで初マラソン初優勝を果たします。

優勝タイムは2時間40分00秒と速いタイムではありませんが、優勝したことは価値があることです。翌年もこの大会で優勝しています。

 

2016年からは東京マラソンに参戦。女子の部で11位、7位、7位と健闘します。

タイムも徐々に縮めていき参戦3回目の2018年では2時間31分41秒までタイムを伸ばしました。

 

実はこの頃は足の状態が良くなく接骨院に治療に通っていました。

思うように走れない状態から治療とリハビリを続け、さらにつらいトレーニングを続けていたのですから彼女の走ることに対する思いが相当なものであったことが伝わってきます。

そして”MGC”の出場権を得るまでに至ったのですから本当にすばらしいことだと思います。

 

当然のことながら世界陸上代表の話が来たときには彼女はすごく迷ったそうです。”MGC”に出るのか、それとも世界陸上の代表になるのか。

彼女にとっては究極の選択だったそうでいろんな人に相談しながら1ヶ月ほど悩んだそうです。

インタビューでは「MGCと迷ったが、世界の舞台で戦うという小さいときからの夢をかなえたい」と緊張した表情で語っています。

世界陸上に出ると決めたからには覚悟を決めたようで、現地の下見はしていませんが、同じく世界陸上男子マラソン代表の川内優輝(かわうち ゆうき)選手が下見をした様子をアップしているSNSなどで情報収集。

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「なるべく足に負担をかけないようにしないといけない」と対策を練っています。

またオリンピックの残り1枠についても「いろんな経験をして次につなげたい」と、オリンピック出場も視野に入れていることを明言しています。

 

世界陸上出場が決まった後の5月の関西実業団選手権の10000mに中野選手は出場しました。

調子が悪い時期でこのレースに至るまで試行錯誤の連続。

考え過ぎるタイプで、「走り方がつかめなくて、うまく走れなかった」と迷路に入り込んでいました。

ウオーミングアップでも体の動きが悪く突破口が見いだせないまま、スタートの時刻は迫っていました。その時、今年度からノーリツの新しい監督として就任した里内正幸(さとうち まさゆき)監督のワンポイントアドバイスで吹っ切れたそうです。

「どん底だから上がるしかないと言われて。開き直れたというか、とりあえず頑張ろうと思えた」とレース後に語った中野選手。

なんとこのレースで10000mの自己ベストを4秒92更新する32分50秒18で2位に入ったのです。

本人も「なんでベストが出たのか分からない」と話すほどびっくりしていたようです。

 

念願の日本代表となった中野選手は「ジャパンのユニホームを着て、世界の舞台に立つことが夢だった」と目を輝かせた。

会見後にノーリツで開かれた激励会には社員約900人が出席。

同僚らから寄せ書きや花束を贈呈され「次につながるマラソンをしたい」と決意を口にしました。

実業団のこういった結束のあるところは日本ならではですが、これからも残ってほしい文化です。

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中野円花さんの記事まとめ

持ちタイムは決して良いとは言えない中野選手ですが、多くの人の励ましに支えられてここまで来ました。

本番ではこれまでの苦労が報われるような快走を期待しています。

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