皇室

天皇(皇太子)のお妃候補だった女性たちの現在は?性格と家柄重視だったが好みで決めたって本当?

皇太子のお妃候補の女性たちの顔画像

 

令和になり、あっという間に2ヶ月がたちました。天皇も役割をしっかり果たしており、ゆっくりと新しい年に変わりつつあると感じます。

 

様々な問題などがあげられている中、雅子様も一緒に皇室の業務を務めて頑張っているかと思います。

体調の面でも度々心配されていましたが最近テレビで見られる雅子様の表情は以前より明るくみえ、調子は良さそうに思います。

それはしっかりと天皇が支えているのだと感じます。天皇は人柄がとても良さそうですし、朗らかなイメージがあります。

 

今回取り上げたいのは、そんな天皇の噂です。

雅子様と結婚される前に女性との噂などが何人かあげられていましたが、現在その女性たちはどんな暮らしをしているのか気になるので、調べてみたいと思います。

 

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皇室のお妃選びとは?

 

まず、天皇がどんな恋愛をして雅子様と出会われたのか?ですが、少しまとめてみました。

 

最初にお妃候補の報道が出た、浩宮さま17歳(学習院高校3年生)のときでした。

さすがに高校生では結婚への本気度も低いと思いますが、学習院大学院を経て英国留学で学業期間を終え、お妃探しが本格スタートした25歳、1985(昭和60)年だったそうです。

1982(昭和57)年、学習院大学を卒業する直前の会見では、「理想像としては明るくて、健康的でスポーツ好きな人がいいです。付け加えれば料理上手な人がいいですね」と話したそうです。

より具体的なことを言われ、当たり障りない一般論にも聞こえますね。

 

当時の様子は、浩宮さまと同年代のお妃候補たちは大学卒業後に就職するケースが目立ったり、耳にピアスの穴を開ける人もいたとのことです。

 

  • 「OLは許されない。お妃になる女性に上司がいてはいけないから」
  • 「ピアスなどで体の一部に傷をつけるような女性はお妃になれない」
  • 親族に犯罪歴のある人物はいないか?

 

といった、現代ではツッコミ待ちとしか思えないような「お妃の条件」が宮内庁にあったそうです。女性たちは次々に候補返上のアクションを起こしリストから離脱していったようです。

他にも条件はあるでしょうがいかがわしい人物は絶対にNGですね!

 

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お妃候補を取材した当時の映像がありました。

一般人を追いかけまくりでプライバシー無視です(笑)

なかには皇室に嫁ぐことをそこまで敬遠しない候補者もいたそうだが、父親が急逝し「お妃の条件」の一つに当てはまらなくなったためリストから消されたという。

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皇室、皇太子のお妃選びの条件

1985(昭和60)年、25歳になった浩宮さまは、2年4か月余りのオックスフォード大学留学終了前と帰国後に複数回の会見で理想の女性像を語っていました。

海外生活で一般人に近い暮らしや一般女性との友情を育むという体験を得たためか、具体的かつ自身の希望や実感のこもった条件があがっていました。

 

  • 「ある程度は自分の意見を持っている人がいい」
  • 「ふだんはしとやかなところがあっても、意見を言うときはしっかり話せる人が好き」
  • 「これから先は外国人との接触が多くなってくるのである程度外国語ができるほうがいい」

 

とコメントしており、候補の条件から意外と理想があるのだなと思いました。

 

「美しい物や大切と認識する物など価値観が同じであればベスト。金銭感覚は贅沢を避け質素」

「自分の趣味や関心、具体的にはスポーツや音楽を理解できること」

 

何より注目すべきは「結婚は30歳前がいい」と時期についても語っていました。

期限を区切ったことが功を奏したのか、宮内庁もやっと本腰を入れてリストを作り始めたという。

しかし、本人があげた理想の女性像は何度も会って判断していくものであるのに対し、宮内庁の候補者選びは相変わらず「就職してOLになる前の、良家の子女」を書類選考・審査するような方針だったようです。

 

しかも浩宮さまは立場上、自分から婚活的なアクションを起こすことは一切できないし、性格上、宮内庁のお妃探しに口をはさむこともなかったとのこと。

厳密に決めなければいけないということがわかります。

そして、具体的な女性像を繰り返し言葉にして言霊の力で「引き寄せ」たのだろうか。

浩宮さまは1986(昭和61)年10月、ついに運命の人、小和田雅子さんと出会うことになるのです。

 

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雅子様と出会う前の候補にあった方でいうと、最有力候補だったのは旧皇族の女性、久邇晃子さん。

邦昭王(伊勢神宮大宮司・神社本庁統理)のご令嬢、すなわち香淳皇后実家である久邇宮家末裔であり、徳仁とは“またいとこ”の関係に当たるひとでした。

 

皇太子のお妃候補の顔画像出典 http://akimasa-fushimi.sakura.ne.jp/wp/2016/10/28/2016102820161028000000/

 

ご本人は乗り気でなかったらしいです、学習院女子高等部の同窓会である常磐会も推薦し、特に母方祖父である日本生命元会長・弘世現氏が積極的で皇室に働きかけをしていたと言われている。

お妃候補といわれた女性たちが次々と結婚していく中、彼女が独身を続けたのは元華族勢力からの強い要請により、最後の切り札として温存されていたためと信じる人も多いそうです。

 

皇太子のお妃候補の女性たちの顔画像出典 http://akimasa-fushimi.sakura.ne.jp/wp/2016/10/28/2016102820161028000000/

 

そんな久邇さんの現在ですが、調べると未だに現在も独身とのこと。

もし徳仁親王が彼女と結婚していれば……という声が時々あるようです。

学習院大学文学部哲学科卒業、国連英検特A級所持で英語は堪能。

徳仁様が小和田雅子と結婚した後、なんと久邇さんは東京大学理科二類に入学しただけでなく、日本最難関の理科三類入学よりもさらに難関とされる医学部進学(理IIの定員560名中上位10名だけが医学部へ進学可能)を果たし卒業された。

現在は精神科医としてご活躍中とのことでした。結婚などより仕事熱心な方なのかなと思います。

 

 

 

 

このように、久邇さんは文系理系ともにパーフェクトな上、ピアノだって当然のように弾けてしまう女性でありパーフェクトな女性に思いました。

1人でも生きていけるような気もします。

 

久邇さんが徳仁さんのお相手には一番注目されていたそうですが、徳仁様は家柄などを関係なく、自分が好意を持った雅子様を選んだということです。

相性の良い方をしっかり選ばれたのだなと感じました。

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皇太子のお妃選びの記事まとめ

最後にまとめると、徳仁様が雅子様と出会うまでしっかり相手を選んできたことがわかりました。

とても選ぶのも時間をかけて慎重ですし、家柄などから選ばれた訳じゃないことを知り驚きました。

雅子様とのご関係はずっと安心してみていられますし、仲の良いご夫婦だなとも感じます。

そんな風に見えるのは、お互いが好意をもちご結婚されたことが大きいのかなと思いました。

候補に上がった方も何人かいらっしゃりましたが、皆家柄関係で上がっていた人たちでした。

現在はわかるのは久邇さんくらいでしたが、久邇さんも自分の人生を大切にして日々を送られているようなのでよかったと思いました。

 

今後も仲の良いご夫婦を見られるとうれしいです。

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