事件

角田美代子(尼崎事件)の生い立ちや黒幕とは?背乗りの意味やマンションは現在でも売れ残っている?

角田美代子の顔画像

角田美代子、尼崎事件。

聞いたことはあると思いますが、いったいどんな事件だったのかを地元の方はともかく一般的にはあまり覚えてはいないでしょう。

被害者の数や残虐的な事件の性質からいってもかなり強い印象を持つはずのこの事件ですが、複雑すぎて詳細が良く分からないといった側面を持ちます。

関わった人数が多く加害者が被害者になるケースも複数あり把握するのが非常に困難です。

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角田美代子の尼崎事件とは?

角田美代子の顔画像

そもそも尼崎事件とは1987年頃に発生した女性失踪事件をきっかけにして、2012年10月に発覚した連続殺人および死体遺棄事件がこう呼ばれています。

この主犯格とされた角田美代子は、少なくとも25年もの間、血縁関係にない人物を集めて疑似家族を作りながら共同生活を送っていました。

そして長年その内部の生活環境が外に漏れる事はありませんでした。

しかし、2011年11月、角田美代子一家に監禁された40代女性が抜け出して警察に駆け込んだところから尼崎事件の全貌が発覚するのです。

尼崎事件では、一連の不審死や失踪事件による逮捕・書類送検者は17名に及びました。逮捕者の中には自らの意志ではなく、角田美代子の支配下にあり否応なく事件に加担させられていた者も多くいるようです。

事件の被害者数は正確に把握できなかったのですが、角田美代子の周囲で6家族にまたがる11人が変死を遂げ、未だに2人が行方不明のままとなっているそうです。

 

尼崎事件の相関図

こちらが尼崎事件の相関図です。

尼崎事件の相関図

 

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角田美代子の生い立ちは?

角田美代子の生い立ちについて見てみます。

角田美代子は1948年尼崎市内に建設業を営んでいた両親の元に長女として生まれました。

左官をしていた父親を母親が手伝い、裁縫の内職をして家計を助けていたそうです。

兄弟に6歳上の兄と6歳下の弟がいたとされています。

しかし彼女が小学校2年生の頃に両親が離婚しました。彼女は父方に引き取られましたが、双方の親戚の家を転々としながら生活していたそうです。

中学校時代までは”月岡”姓を名乗っており、父親が羽振りが良かったことから彼女は何不自由なく生活していたと見られています。

警察に補導されることもしばしばありましたが親が迎えに来たことはなかったそうです。

また、男性関係も派手だったと言われています。ちなみに”角田”は母方の姓と言われています。

 

高校生の時には「お金がある人しか入れない」と言われている学校に入学していました。

ですが高校を一学期で中退し、17歳の時には一度目の結婚をしているのです。

相手は同級生の兄でした。

しかし結婚からわずか1年も経たずして離婚。

その後19歳でスナック経営を始め、16歳の女の子に売春をさせたとして警察に逮捕されています。

数年後に2度目の結婚をします。

しかしこの結婚も長続きはしなかったようで、連日のように仲間を家に引き込んでは深夜まで騒いでいたため夫に出て行かれたようです。

その後、尼崎で育った在日韓国人の男性と内縁関係になりました。

この男性とスナック勤務をしていた義理の妹と3人暮らしを始めたのちに、”家族解体業”をスタートさせるのです。

 

角田美代子には黒幕がいるとも言われています。

そのきっかけは週刊誌のフライデーが黒幕について報道したこと、この事件の関連書籍である「一橋文哉『モンスター 尼崎連続殺人事件の真実』講談社」に黒幕Mの存在があったと記述されていることで広がったと思われます。

 

 

黒幕M、彼は暴力団の幹部だったのではないかと推測されています。

彼から与えられた犯罪の心得や、人心掌握術についてのアドバイスをもとに角田美代子は、家族乗っ取り事件を次々と引き起こしていったとされます。

Mは一般的にイメージされる昔ながらのヤクザではなく、頭脳明晰で犯罪の手口や、共犯者の心理、警察の捜査方法から裁判対策に至るまで、裏社会を生き抜くためのさまざまな知識を持つエリートだったようです。

彼女の日記の記述や周辺の人物の証言などが存在したと言われていますがMの存在を含め、正確なところは分かっていません。

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背乗りとは?

尼崎事件は「背乗り」事件として語られています。

角田美代子自身が「背乗り」で名前を変えたのかどうかは本当のところは分かっていません。

しかし「背乗り」を利用した事件を起こしていることは事実です。

そもそも「背乗り」とは暴力団等がよく使う犯罪歴を抹消するための戸籍ロンダリングのことを指し、養子縁組を利用することで別姓を名乗り、戸籍上で新たな人間として再登録される日本の法の抜け穴を利用した犯罪手法です。

「背乗り」は他人に成りすます行為のため、犯罪者は過去の犯罪歴をリセットでき、簡単にビザの更新ができてしまいます。

そして、再び犯罪を犯し「背乗り」をする、という悪循環も起きています。

 

角田美代子の指示の元、血縁関係にない人間の養子縁組を繰り返して複雑な擬似親族関係を築き上げていました。

そして徐々に支配していき、監禁した後にバレないように殺害して財産を乗っ取るのが、角田容疑者の狙いで、「背乗り」の究極系とも言える犯罪でした。

養子縁組により家族の問題にできるので警察の介入を防ぎ、さらに養子を組んだ人間同士で共犯になってしまうこと。

この事が確認されるだけでも、50回以上にもわたる警察への相談があったにもかかわらず、事件に警察が介入できなかった理由のひとつとされています。

 

角田美代子は事件発覚時、いくつかの物件を事実上自分のものとしていました。

特に有名なのが事件発覚まで住んでいて内部で監禁・暴行があったとされるマンションです。

ここは8階建てマンションの最上階にある角部屋で、周囲の目を遮るかのように一面が木製のフェンスで覆われ、広いバルコニーには監禁用とみられる小屋が建てられていた。

神戸地裁尼崎支部の差し押さえを経て、5社による競売の末、1330万円で落札したのは、大阪市の金融業者です。

角田美代子らによって改装されていたため、クロス張り替えや畳新調などの全面リフォームが行われたそうです。

もちろんこの落札も複雑な事情があります。

一軒家なら更地にしてから売る方法もありますが、マンションなので売るのは非常に難しいでしょう。

現在どうなったかは不明です。

 

マンション自体は存在しますが、どこかの不動産が激安で販売しているのかもしれません。

https://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20140609/dms1406091533007-n1.htm

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角田美代子の尼崎事件の記事まとめ

角田美代子は2011年に事件が発覚して傷害容疑で逮捕されてから兵庫県警本部の留置所に投獄されていました。

その後、殺人事件も発覚し捜査が本格的に進められていきました。

2012年12月12日午前6時20分頃、留置所内で長袖Tシャツを首に巻きつけ自殺を図っているのが発見され、病院に搬送後、死亡が確認されます。

遺体の引き取り手はなく無縁仏として神戸市によって火葬されました。

事件関係者の供述をもとに、事件の捜査を続けてきた兵庫、香川、沖縄の各県警による合同捜査本部は2014年3月に解散し、捜査は事実上終結します。

彼女が自殺したことにより、この事件の真相解明は極めて困難になりました。

尼崎事件はいまだ多くの謎が残っていると言われています。

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